- お知らせ。
-
6/15(日)東海テレビ「 a life」(9:30〜10:00放送)で多以良泉己の〜天使のケーキGateau d'ange〜が特集されました。

※番組終了後、たくさんの反響がありました。お手紙、お電話、メールを頂きましてありがとうございました。
6/14(土曜)池上本門寺で行われた100万人のキャンドルナイトに〜天使のケーキGateau d'ange〜が出店しました。
1000人以上が境内に集まり、天使のチーズケーキ、バウムクーヘンは完売致しました。
北鎌倉の湧き水で煎れたペルーのオーガニックコーヒー、宮古島から届いたローゼルハーブティも人気でした。 キャンドルを灯して、夕方から夜10時迄行われました。
GW5/3(土)〜5/6(火)東京ドームシティプリズムホールで開催された「第一回美術骨董大堀出し市」で多以良泉己の”フェアトレード有機ガトーショコラ”が北大路魯山人の器と共に展示販売されました。
ボリビア産手積みの無農薬有機カカオを使ったフェアトレードチョコレートで作る天使のガトーショコラは、きび砂糖、平飼い卵、よつ葉バター、よつ葉クリーム、ココアパウダー、国産有機小麦粉(有機JAS認定)、ブランデーなど厳選した素材を使って、ひとつひとつ手作りしています。
5月10日は世界フェアトレードデー。
天使のガトーショコラはフェアトレード有機チョコレートを使った初のガトーショコラです。
この天使のガトーショコラをきっかけに、多くの方にフェアトレードを知ってもらえたら嬉しいです。


天使のチーズケーキ
この時期にオススメ!
さっぱりとした酸味のチーズケーキ。ふわっと口の中で溶ける「まさに天使のケーキ」です。
「喜ぶ顔が見たいから、僕は作っているんです」
そういって食べる人の顔を思い浮かべながら、
気持ちを込めて、ひとつのパン、ケーキを焼き上げてゆきます。
後遺症を抱えながらのパン、ケーキ作りは、
「食べた人にしあわせになって欲しい」という多以良泉己の強い思いが込められています。


北鎌倉に家を建て、30歳の誕生日に入籍してすぐ、今から2年半間の2005年夏。
レース中、ゴール直前1着で走っていたことろ、後ろから3人に追突され、
頸椎、脊髄、脳を損傷し、全身麻痺となりました。


「このまま一生歩けないまま、寝たきりかも知れません」
そう医師に宣告され、首から下が動かず、手足の感覚も無い状態。
脳も損傷し、積み木や簡単な計算も出来ない、
まるで赤ちゃんに戻ってしまったようでした。
連絡を受けて、搬送先の救急病院に駆けつけた時には、意識は無く、顔面蒼白の状態でした。
「24時間から48時間がヤマ場です」と医師から言われ、その日から付き添い看護が始まりました。
横に簡易ベットを置いて、体をさすったり、言葉をかけ、一緒にいろんなリハビリをしました。


病室にたくさん植物を買って、アロマを焚き、ハーブティやハチミツ、
病院近くのパン屋さんに焼いてもらった無添加パンを食べてもらいました。
脳の回復に、とイルカの超音波やヒーリング音楽をかけ、思いつくことを全て試しました。
首が据わって、車イスに乗れるようになりました。
歩行器を使ったり、つかまり立ちの練習、歩行訓練を始めました。
一歩、二歩、とつかまり立ちから、ほんの少し歩けた時、涙が出ました。
病室に家の写真を貼って、「歩いて帰るんだ」と強くイメージしました。




そして年末、家に帰ることが出来ました。
「パン作りはリハビリになるのでやってみたら」と医師や周囲の人に勧められ、
子供の頃から好きだったパン、ケーキ作りを始めました。

まだ二人が出会って間もない頃、初めてプレゼントしてくれたのが、手作りのケーキでした。
そのケーキを食べた時、とても癒され、やさしい気持ちになりました。
事故に遭って、急に人生の方向が変わる時、何か他に違う人生があるとしたら…
その時、初めて作ってもらったケーキのことが浮かんできました。
競輪選手として、今は思うように体が動かない、
でもパンやケーキ作りなら、出来るかもしれない。
そう思って、夫のサイズに合わせて、図面を引き、アイランドキッチンを手作りしました。
自宅なら、具合が悪くなっても、すぐに休むことが出来るし、いつでも様子がわかります。
二人でパン、ケーキ作りを始めました。
「やさしい味がする。癒された…。」
天使のパンやケーキを食べて、涙を流す人、悩みや過去の辛かった話を始める人がいました。
お手紙やメール、お電話をもらい、「お礼が言いたくて」と会いに来てくれる人がいました。
「僕は、食べた人にしあわせになってもらいたいです」
心をこめて作るので、2時間半〜3時間にひとつだけ焼きあげます。

事故に遭ってから、手のひらから「気」が出るようになりました。

「足の感覚が無くて、しびれたり、むくんだり、
いつも頭が痛くて、ふらついて、あまり長く立っていられないけれど、
パンとケーキを作っている時だけ、痛くならないんです」

天使のケーキGateau dangeは、
多以良泉己が”あなたのためだけに焼く"パン、ケーキです。
心を込めて焼いた手作りのパン、ケーキをぜひ食べてみてください。

多以良泉己(MIZUKI TAIRA)
1975年3月16日生まれ。競輪選手。84期。 ホームバンク平塚。
2004年クリスマスに家を建て、2005年30歳の誕生日に入籍。
その5ヶ月後の8月、大宮競輪レース中に1着で走っていたことろをゴール前で3人に追突され、
脳、頸椎、脊髄を損傷し、首から下が動かなくなる全身麻酔に。
医師から「一生寝たきりになるかもしれない」と宣告された後、奇跡的に歩けるようになる。
現在、高次脳機能障害と左脚感覚障害の後遺症を抱えながら、
自宅でリハビリを兼ねて無添加パン、ケーキ作りを行っている。

宇佐美総子(FUSAKO USAMI)
舞踏/司会/俳優。Salon de KAMAKURA主宰。2005年多以良泉己と結婚。
入院してからの目標は左足が動くようになること。北鎌倉の家に歩いて帰ることでした。
奇跡が起きたのは、本人の優れた身体能力もありますが、
何より"諦めない"気持ちが大きかったと思います。
小さい頃の夢は「スポーツ選手かお菓子職人になること」だったそうです。
今日もオーブンからふんわりいい匂いがしてきます。
そういって食べる人の顔を思い浮かべながら、
気持ちを込めて、ひとつのパン、ケーキを焼き上げてゆきます。
後遺症を抱えながらのパン、ケーキ作りは、
「食べた人にしあわせになって欲しい」という多以良泉己の強い思いが込められています。


北鎌倉に家を建て、30歳の誕生日に入籍してすぐ、今から2年半間の2005年夏。
レース中、ゴール直前1着で走っていたことろ、後ろから3人に追突され、
頸椎、脊髄、脳を損傷し、全身麻痺となりました。


「このまま一生歩けないまま、寝たきりかも知れません」
そう医師に宣告され、首から下が動かず、手足の感覚も無い状態。
脳も損傷し、積み木や簡単な計算も出来ない、
まるで赤ちゃんに戻ってしまったようでした。
連絡を受けて、搬送先の救急病院に駆けつけた時には、意識は無く、顔面蒼白の状態でした。
「24時間から48時間がヤマ場です」と医師から言われ、その日から付き添い看護が始まりました。
横に簡易ベットを置いて、体をさすったり、言葉をかけ、一緒にいろんなリハビリをしました。


病室にたくさん植物を買って、アロマを焚き、ハーブティやハチミツ、
病院近くのパン屋さんに焼いてもらった無添加パンを食べてもらいました。
脳の回復に、とイルカの超音波やヒーリング音楽をかけ、思いつくことを全て試しました。
首が据わって、車イスに乗れるようになりました。
歩行器を使ったり、つかまり立ちの練習、歩行訓練を始めました。
一歩、二歩、とつかまり立ちから、ほんの少し歩けた時、涙が出ました。
病室に家の写真を貼って、「歩いて帰るんだ」と強くイメージしました。




そして年末、家に帰ることが出来ました。
「パン作りはリハビリになるのでやってみたら」と医師や周囲の人に勧められ、
子供の頃から好きだったパン、ケーキ作りを始めました。

まだ二人が出会って間もない頃、初めてプレゼントしてくれたのが、手作りのケーキでした。
そのケーキを食べた時、とても癒され、やさしい気持ちになりました。
事故に遭って、急に人生の方向が変わる時、何か他に違う人生があるとしたら…
その時、初めて作ってもらったケーキのことが浮かんできました。
競輪選手として、今は思うように体が動かない、
でもパンやケーキ作りなら、出来るかもしれない。
そう思って、夫のサイズに合わせて、図面を引き、アイランドキッチンを手作りしました。
自宅なら、具合が悪くなっても、すぐに休むことが出来るし、いつでも様子がわかります。
二人でパン、ケーキ作りを始めました。
「やさしい味がする。癒された…。」
天使のパンやケーキを食べて、涙を流す人、悩みや過去の辛かった話を始める人がいました。
お手紙やメール、お電話をもらい、「お礼が言いたくて」と会いに来てくれる人がいました。
「僕は、食べた人にしあわせになってもらいたいです」
心をこめて作るので、2時間半〜3時間にひとつだけ焼きあげます。

事故に遭ってから、手のひらから「気」が出るようになりました。

「足の感覚が無くて、しびれたり、むくんだり、
いつも頭が痛くて、ふらついて、あまり長く立っていられないけれど、
パンとケーキを作っている時だけ、痛くならないんです」

天使のケーキGateau dangeは、
多以良泉己が”あなたのためだけに焼く"パン、ケーキです。
心を込めて焼いた手作りのパン、ケーキをぜひ食べてみてください。

多以良泉己(MIZUKI TAIRA)
1975年3月16日生まれ。競輪選手。84期。 ホームバンク平塚。
2004年クリスマスに家を建て、2005年30歳の誕生日に入籍。
その5ヶ月後の8月、大宮競輪レース中に1着で走っていたことろをゴール前で3人に追突され、
脳、頸椎、脊髄を損傷し、首から下が動かなくなる全身麻酔に。
医師から「一生寝たきりになるかもしれない」と宣告された後、奇跡的に歩けるようになる。
現在、高次脳機能障害と左脚感覚障害の後遺症を抱えながら、
自宅でリハビリを兼ねて無添加パン、ケーキ作りを行っている。

宇佐美総子(FUSAKO USAMI)
舞踏/司会/俳優。Salon de KAMAKURA主宰。2005年多以良泉己と結婚。
入院してからの目標は左足が動くようになること。北鎌倉の家に歩いて帰ることでした。
奇跡が起きたのは、本人の優れた身体能力もありますが、
何より"諦めない"気持ちが大きかったと思います。
小さい頃の夢は「スポーツ選手かお菓子職人になること」だったそうです。
今日もオーブンからふんわりいい匂いがしてきます。